井戸多美男作

IDO何かモノを手に入れる必要があるとき、直接店に行き予算と相談しながら選ぶというひともいるし、前もってリサーチしてから手に入れるひともいる。僕は後者のほうで、その場で選ぶとか衝動買いというのはめったにない。それどころかヒマさえあればモノリサーチをしてアタマの中の欲しいモノリストを更新しているので、何かモノが必要になったときはたいてい候補は決まっている。(必要なものとリストの予算の折り合いがつかないと見送ることになる。だからこの15年間、僕の机の上にはデスクライトがない。)
さて、この眼鏡は僕にとってはとてもめずらしく衝動買いしたもの。ひどい近眼というわけではなく運転など必要なときだけかける程度なのだが、調査現場の過酷な環境でも使うのでよく壊してしまう。先日もペルー調査のときに壊してしまったのだが、次に手に入れるときにはとにかく頑丈なモノにしてやろう思っていた。狙っていたのはオークリーのジュリエット。こいつにレンズを入れてやれば、どうやっても壊れない、頑丈な一物になるだろう。なにしろイチローがフィールドで使っているんだからね。そこで、三ノ宮のオークレーを扱っている店にいきレンズ交換の見積もりまで出してもらっていたのだが、見積もりを待っている間に、展示されている眼鏡にふと目がとまった。ジュリエットとは似ても似つかない、砂漠でなんかとても使えない、とても繊細な眼鏡に一目惚れしてしまった。
井戸多美男氏は鯖江をベースに活躍されている眼鏡職人だ。鯖江の職人技というと手磨きのセルフレームが頭に浮かぶが、井戸氏はメタルフレームの第一人者である(セルも扱っておられる)。最近では使われることが少なくなったサンプラチナを用いて、徹底的に完成度の高い眼鏡を作ることで知られている。日本で開発されたサンプラチナは耐食性にすぐれ、かつ人体に優しい素材だが、フレームに加工するには複雑な行程と熟練の技が必要になるそうだ。井戸氏は現在では失われつつあるその作業行程の全てを一人でこなすのだという。伝統的なディテールや型、流麗なカーブと柔らかい輝きながら、なにか切れるような緊張感を感じるのは井戸氏の技によるものか。シリコンを塗布しただけの、一山のブリッジと絶妙に巻き上げたテンプルのエンドには、ほれぼれする。もちろんかけ心地も素晴らしい。
ただこの緊張感はどんなファッションにも似合う、というモノでもない。眼鏡に負けないくらいの緊張感をもってスーツを纏った時には良いが、Tadgearの砂漠戦用ジャケットにはもちろん似合わない。といって20世紀初頭の考古学者やレイダースのベロック博士じゃあるまいし、白麻のスーツにボルサリーノで現場にでるわけにはいかない(いつかやってみたいけど)。さて井戸氏がフィールド用眼鏡を作るとどうなるんだろう。できれば訪ねて行って、僕に似合う作品を見立てて頂きたいところだが…。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です