夕刻立ち寄ったビデオショップの新作棚に、”標的のアサシン”を見つけた。新作といっても米公開は5年ほど前だ。映画自体はかなりの低予算・力技で作られたマイナーなカンフー・アクションだが、監督・主演のJason Yeeは本格派だ。北京で行われた国際武術連盟の大会で套路、武器、散手で三冠をとった使い手で、キックボクシングでも散打ルールでは世界3位にランキングしていたほど。まあ内容はともあれ、僕にとってほんの少しだけ思い出のあるひと・場所に関わる映画だったりする。
僕がボストンで最初に格闘技を学んだのがJason Yee師の道場だった。僕はキックボクシング(散打)の練習ばかりで、伝統の型の練習は体験程度だったけれど、僕の打撃の基礎はJason Yee師に教えてもらった。残念ながら道場の入っていた建物が近くの学校に買われてしまい、いくつか仮ジムを移転するるうちに師は俳優デビューするためにボストンを離れ、道場は一時解散してしまう(ボストン美術館付属美大で学んだ師はもとから俳優志望だったそうだ)。
道場は19世紀の赤煉瓦の建物が並ぶNewbury通りにあった。この建物も昔は馬車のコーチを生産していた工場だっだという。むき出しの赤煉瓦の壁と、工場の一部だったと思われる古い鉄骨の梁にサンドバッグをぶら下げた風景は、結構気に入っていた。ちなみにこの建物を買ったのは僕の学んでいた大学だ。道場は修士設計用のスタジオに改装され、サンドバッグのかわりにプロッターが並べられた。スパーリングのマットスペースの一角は僕の設計ブースになった。この道場に通っていたころ、僕は留学生活が少々難しい状況にあって、日々の憂さを晴らすように熱心に練習に通って汗をかいていた。そして同じ場所で修士設計に苦しめられ違う汗をじっくりとかくことになった。
この道場と建物の周辺は映画のアクションシーンにも使われている。移転前の事だから、撮影されたのは10年近く前だろうか。背景に映る赤煉瓦の壁や、錆びた鉄枠の大きな天窓を見ると、キックの練習風景や、修士設計制作を思い出す。
解散後、僕はムエタイ道場に改めて入門したのだけど、残ったコーチ達と道場生達がセントラル・スクエアに新たな道場をつくったそうだ。僕も何度かお誘いを頂いていて、一度は顔を出そうと思いつつもついにその機会もなく帰国してしまった。何本か映画を撮って有名になりつつある師も、ボストンに来たときには新しい道場で教えておられるとか。ボストンに戻る機会があれば是非訪れたいところだ。
DVDのパッケージを手に取って、少しだけ郷愁にひたっていた。